書評(神道的解説)

「マーフィーの法則」では願望実現はむずかしい?神道的な解説と解決策を提示します

今回は、こちらの『マーフィー 眠りながら成功する』について神道的な観点から解説していきたいと思います。

きつねは、もう何年も前に”潜在意識を書き換える”とか”引き寄せの法則”なるものにハマっていた時期があります。

なので、別記事でも紹介した『ザ・シークレット』などの本は実際に読んで試してみることもあったのですが、このマーフィーだけは全然読んだことなかったんです。

その当時は、(当たり前ですが)「眠りながら成功する」っていうフレーズになんとなく抵抗があって…

”眠りながら”だと!
舐めんなよ!

みたいな(汗

でも、ここ最近、神道的な観点から巷の自己啓発法を分析することに興味が出てきたので、今さらながらですが、マーフィーの法則について研究したみたいなと思い、はじめて本書を手にとった次第です。

で、実際読んでみると、いやめっちゃ良いこと書いてますやん!
むしろ、きつね的には『ザ・シークレット』よりも断然真摯な内容で良き!

と率直に感じたところです。

では、本書の内容を整理しつつ、神道的な観点から検討していきましょう。

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マーフィーの法則の実践が日本人にむずかしい理由

マーフィーの法則とは、シンプルに

達成したい願望を無意識の領域に送り込めば何事でも現実化する

というものです。

引き寄せの法則と本質的に同じですね。

ただ、本書のほうが、

  • 達成したい願望の無意識への送り方
  • 聖書における無意識の力の記述の解説

などが『ザ・シークレット』(引き寄せの法則)よりもかなり分厚く解説されています。

そういう意味で本書のほうが『ザ・シークレット』よりも丁寧で真摯だという印象を受けました。

具体的な記載としては、例えば、

  • あなたの願望を実現し、挫折に打ち勝つためには、一日数回、次のことを大胆に肯定しなさい。
  • 「私にこの願望を与えてくれる無限の知性は私を導き案内し、私の願望を実現するための完全な計画を示してくれます。私の潜在意識のより深い知恵が今や答えてくれているのだということを私は知っています。そして私が心のなかに感じて要求していることは外界に表現されるのです。私の心はいつも均衡し沈着しています」
  • 「何事であれ、祈って求めればことごとく売ることができると信じなさい。そうすれば汝らは必ずそれを手に入れることができるであろう」(マルコ伝第十一章二十四節)
  • このテクニックが成功するか否かは、思想や考えや想像はすでに心のなかでは一つの事実であるということを自信を持って確信できるかどうかによります。心の領域の中で何かが実体を持つためには、それは実際にそこに存在しているものとして考えられなければなりません。
  • 聖書に記されているテクニックの古典的な例は、マタイ伝第九章二十八節ー三十節にあります。
  • 「そして彼が家に入ると盲人たちが彼のところにやってきた。するとキリストは彼らに言った。汝らは私がこれをなすことができると信じているのか、と。彼らは彼に言った。はい主よ、と。すると彼は汝らの信仰のごとく汝らになされるべし、と言いながら彼らの目に触れた。すると彼らの目は開かれた。それからキリストは、彼らを厳しく戒めて、誰にもこのことを知られないようにせよ、と言った」
  • 「汝らの信仰のごとく汝らになされるべし」という言葉を読めば、キリストは実は、盲人たちの潜在意識の協力に訴えていたことがおわかりでしょう。

かなり詳細で具体的ですね。

本書にはこうした記述が豊富に紹介されています。

ただ、逆に、こうした詳しいテクニック論を読めば読むほど、達成したい願望を無意識領域へ送り込むことは、多くの日本人には使えないな、と思いました。

そもそも、達成したい願望を顕在意識を通じて無意識領域に送り込むことはすごくむずかしいです。

無意識領域は、生まれてから親や友達、上司から投げかけられるネガティブな言葉、そして日々あふれるニュースなどの否定的な情報や感情に相当汚染されているので、無意識領域は願望を素直に受け取れる状況にないです。

また、顕在意識を通じて無意識領域に願望を送り込もうとすればするほど、逆に、願望が達成できてない状況を強固に刷り込むことになるという、顕在意識と無意識との逆の相関性も無視できません。

詳しくはこちらの記事で理論化しています。

『運気を磨く』(田坂広志)における成功法則を神道的に読み解いてみた今回の記事では、当ブログ初の試みとして、書評的なことをやってみたいと思います。 「書評的」と表現したのは、神道的な観点からの読み解...

それに、引用文からわかるように、マーフィーの法則には、キリスト教的な世界観が前提にあることは明らかです。

キリストの数々の奇蹟を受け入れる前提のもとに無意識へ願望を送り込むテクニックが構築されているのです。

そのため、無意識領域に願望を送り込むのには、いろんな困難をともなうはずですが、キリスト教の文化圏においては、比較的すんなりと願望を送り込むことが達成できる可能性が高いです。

逆にいえば、キリスト教的な世界観にほとんど馴染みのない日本においては、やはり無意識領域の扱いは難易度が高いのです。

そういう意味で、マーフィーの法則も、引き寄せの法則などと同じく、実践するのはむずかしいと言わざるをえません。

(もちろん、引き寄せの法則もキリスト教文化圏の自己啓発法ですし、内容的にも同じものなので実践の難易度も同じなのは当然ですが)

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マーフィーの法則は神道的世界観をベースに実践すべし

ただ、きつねは、無意識領域に願望を送り込んで、私たちが持っている潜在的な能力を大きく開花させること自体は否定しません。

問題は、顕在意識と潜在意識の相関性を無視し、キリスト教的な文化圏をベースにした、そのやり方にあります。

とすれば、顕在意識と無意識の相関性をケアしつつ、日本の文化的な土壌に合った手法で無意識領域を扱うようにすればよいのです。

それが、神道的な「祓い」による浄化の技法です。

顕在意識と無意識の逆相関

先ほど紹介したように、顕在意識を通じて無意識領域に願望を送付しようとすればするほど、無意識領域は願望とは逆の想念で固定されるようになります。

これは、あたかも顕在意識と無意識とが電気的な関係にあって、プラスとマイナスでバランスをとっているかのようにです。

顕在意識と無意識とが電気的な相関と同じということを科学的に説明するのはむずかしいですが、経験的にはイメージできる話だと思います。

うまくやろうとすればするほどうまくいかなくなる…とうことですね。

例えば、きつねの場合は、ある資格取得のために、試験のための勉強を習慣化したくて、マーフィーの法則と同じように、顕在意識を通じて無意識に働きかけたことがあります。

資格取得のための勉強を習慣化した自分を強くイメージしたり、合格後の生活をイメージしたり…

ところが、実際には習慣化どころか、ほとんど勉強が手につかなくなるような状態に追い込まれました。

やろうやろうとすればするほど勉強が手につかない、机に向かえない、という状態になったんです。

これは顕在意識と無意識の逆相関の事例の一つで、このような、望めば望むほどうまくいかないという事例は多くの人が経験しているだろうと思います。

経験的なものではありますが、このような顕在意識と無意識との逆相関があることを前提にするなら、マーフィーの法則的な手法にこだわるべきではありません。

そこでその他の手法としてお勧めしたいのが神道的な祓いの考え方です。

無意識領域を含めた人間存在の根源を、神道では御霊(みたま)といいます。

御霊は、生まれた瞬間はポジティブなパワーで満ちあふれて光り輝いているのですが、生まれてから後、親や友達が発する言葉、自分自身が自分に対してかける言葉、ネガティブな情報であふれるニュースなどの影響を受けて光を失っていきます。

そして、神道は祓いに始まり祓いに終わると言われるように、このような、御霊の輝きを妨げるような汚れ(=穢(けが)れ)を祓いによって取り除き、御霊が本来持っている輝きを取り戻すことを目的としています。

マーフィーの法則と同じく無意識領域に介入するものですが、神道的な祓いの場合は、何かを加えるという方向ではなく、「取り除く」ことによって、無意識領域が本来持っている輝きやパワーを回復させるものです。

神道的な祓いというのは、自然に身を委ねることであったり、神社でお祓いを受けることであったり、お金を払う(=祓う)ことであったり、祝詞を奏上することであったり、さまざまな方法で行うことができます。

(きちんとした神社参拝を行うと、”鎮守の杜”で自然に身を委ねつつ、お賽銭でお金を払い、祝詞を奏上することで祓いを実践できます。祓いのパッケージですね。)

このような神道的な祓いによることで、顕在意識と無意識との逆相関を回避しつつ、御霊=潜在意識は輝きとパワーを取り戻すことができるのです。

日本の文化的土壌

このような神道的な祓いは、当たり前ですが、日本人の文化的土壌に根づくものです。

神社参拝しかり、厄年などの"厄祓い"などはその際たるものですし、大祓、節分などの季節の行事もそうです。

また、初宮参りや七五三などの人生儀礼においても、まずは祓いの祝詞を奏上するところから儀式は始まります。

このように、日本人と祓いは切っても切り離せません。

なので、神道の祓いを用いた自己実現法は、マーフィーの法則のようなキリスト教的な背景ではなく、まさしく日本的な背景を有する技法といえるのです。

まとめ

ということで、今回は、引き寄せの法則と同様、マーフィーの法則でも無意識領域のパワーを使った自己実現がむずかしいことについて説明しました。

無意識のパワーの活用は、日本人の文化的土壌に合った神道的な祓いの技法をうまく使いこなすべきです。

祓いによって御霊のパワーを回復したうえで、マーフィーの法則や引き寄せの法則などの技法をうまく利用すれば効果を劇的に出すことができます。

無意識にエネルギーがあふれている状態なので、逆相関の心配をする必要がないからです。

これまであなたが「様々な自己啓発技法を実践したけれどうまいかない」と感じているのなら、その理由は、これまでの巷の自己啓発法がキリスト教的な世界観で構成されていることにあるかもしれません。

であるならば、ぜひ一度神道的な成功法則を試してみてはいかがでしょうか?

それでは最後までお読みいただきありがとうございました。

みなさまの開運を心より祈念いたします。

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