六根清浄と聞くとなんだか仏教っぽく感じる人が多いかと思います。
というのも、「六根」は般若心経で「無眼耳鼻舌身意(むーげんにーびーぜっしんにー)」と出てきますから。
実際、奏上してみると、般若心経の色と空を意識してるんだろうなと感じられる構成になっています。
この「六根」(=眼、耳、鼻、舌、身、意)とは、仏教では六識を生じる6つの感覚の総称のことです。
ですので、六根清浄とはその六根に生じる罪を清めて消滅させようというものになります。
ストレスなどメンタル的な不調も含めて取り除き、心身の落ち込みから回復したい場合に奏上したい祝詞となります。
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成立・由来
六根清浄祓詞は「天照皇太神の宣く」で始まり、天照大神の託宣という形を採用しています。
そのような型式から、六根清浄祓詞は、天照大神が伊勢に鎮座するまでの経過を記した「伊勢二所皇太神御鎮座伝記」(いせにしょこうたいしんごちんざでんき)や「造伊勢二所太神宮宝基本紀」(ぞういせにしょだいじんぐうほうきほんぎ)を踏まえてのもので、その成立には伊勢神道家が絡んでいるものと考えられています。
先ほど紹介したように、「六根清浄」というコトバから仏教の影響を強く受けた祓詞ですので、おそらく江戸時代に復古神道家によって禊祓詞が普及していく以前は盛んに唱えられたのではないかと思われます。
今でも、教派神道系や山岳宗教系の神道教団で重視されているようです。
六根清浄大祓詞(六根清浄祓詞)
こちらが六根清浄大祓詞となります。
人は則ち天下の神物なり
須掌静謐 心は則神明の本主たり
心神を傷ましむること勿れ 是の故に
目に諸の不浄を見て 心に諸の不浄を見ず
耳に諸の不浄を聞きて 心に諸の不浄を聞かず
鼻に諸の不浄を嗅ぎて 心に諸の不浄を嗅がず
口に諸の不浄を言いて 心に諸の不浄を言わず
身に諸の不浄を触れて 心に諸の不浄を触れず
意に諸の不浄を思ひて 心に諸の不浄を想はず
此の時に清く潔き偈あり
諸の法は影と像の如し 清く浄ければ
仮にも穢るること無し 説を取らば得べからず
皆花よりぞ木実とは生る 我が身は 則ち 六根清浄なり
六根清浄なるが故に五臓の神君安寧なり
五臓の神君安寧なるが故に天地の神と同根なり
天地の神と同根なるが故に万物の霊と同躰なり
万物の霊と同躰なるが故に
為す所の願いとして成就せずといふことなし
無上霊宝 神道加持
現代語訳
現代語訳がこちら。
アマテラスオオミカミがお告げになった
人間は地上に現れた神の子、神分霊である
常に全宇宙の実相を静観するべきである
本当の心こそ神と神の子の大本である
本心を裏切らないように生きなければならない
だから、肉体の目にたくさんの汚いものを見ても、実相の心では汚いものは見ない
現象としての耳にたくさんの汚いものを聞いても、実相の心では汚いものは聞かない
現象としての鼻にたくさんの汚いニオイを嗅いでも、実相の心では汚いニオイは嗅がない
現象としての口にたくさんの汚い言葉を発しても、実相の心では汚い言葉は発しない
現象としての身体にたくさんの汚いものに触れても、実相の心では汚いものに触れない
現象としての心にたくさんの汚い考えが浮かんでも、実相の心では汚い考えを浮かべない
この時に心は清く澄みきって実相が現れてくる
多くの現象は影や映像のようであって実体ではない
もともと清いのだから汚れようがないが論理に走るとそのことがわからない
すべて美しい花から実がなる
だから我が身は六根清浄(実相円満完全)である
六根清浄だから五臓に宿る神さまは安寧である(=我が心身は健やかである)
我が心身は健やかであるから天地の神さまと繋がることがきる
天地の神さまと繋がることができるから万物の霊と一体になることができる
万物の霊と一体となるのであるから願うものはすべて成就できる
至上の霊的な宝 神さまの大いなる力
動画紹介
せっかくなのでぜひ実際に奏上してもらいたいのですが、できれば参考になる動画などあったほうがよいですよね。
きつねのほうで六根清浄祓詞の奏上動画のおすすめをピックアップしてみました。
男性のオーソドックスな奏上と女性の奏上です。
ぜひ聴き比べてくださいね。
【オーソドックスな男性版】
【きれいな声色の女性版】
六根清浄祓詞のパワーは感じていただけたでしょうか?
そのほかにも、「とほかみゑみため」と唱えるだけでご先祖さまから絶大なる後押しをいただくことができる祝詞もあります。

こちらのパワーも感じてくださいね!
それでは最後までお読みいただきありがとうございました。
みなさまの開運を心より祈念いたします。
「ヒフミヨは天岩戸の祝詞かな」は、□の世界(神)
「∛6意味知ってると舌安泰」は、〇の世界(神)
〇と□をとりもつのは、△(神)である・・・
数の言葉ヒフミヨ(1234)の曼荼羅の観相・・・
コメントありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
≪…眼、耳、鼻、舌、身、意…≫の、[眼、耳、鼻、舌、身、]を五本の指として、≪…万物の霊と一体…≫を、合掌(祈り)し、その拓きから≪…一体…≫の、[1](存在量化∃)の≪…意…≫を、[多]と[一]の調和で眺めたい。
[一を聞いて十を知る]を十の五色の[五蘊物指]に出会いたい・・・
もみじ葉の石に潜みし十牛図